2017年3月26日日曜日

織田信長 (10) - (39歳) 武田信玄 vs 徳川家康 「三方ヶ原の戦」 -

武田信玄最後の戦いへ


信長編も佳境ですが、ここで信長編の前の主人公武田信玄と、後に戦国時代を終わらせる徳川家康に登場してもらいます。


信長包囲網に信玄参戦


浅井や朝倉といった「vs信長包囲網」を見てきましたが、ついに武田信玄までもが参戦に動きます。

元亀3年、51歳となった武田信玄は3万の大軍を率いて上洛を始めました。


武田軍 (51歳、兵力30000) vs徳川軍 (30歳、兵力10000)


上洛戦を開始した武田軍は徳川の城を攻め落としながら侵攻します。


あの信長でさえ貢物を送り続け同盟を維持しようとし続けた武田軍。

キャリアも戦力も桁違いの信玄は、徳川家康に対し「一切眼中になし」と浜松城を通り過ぎてしまいます。


負けるとわかっていても


戦えばどう考えても負けが明白な家康でしたが、「黙って通すのは恥」とまさかの強引に追い打ちをかけます。


信長から援軍3000は来たものの


戦の強さに加え倍以上の兵を持つ武田軍に対し、若気の至りの家康が奮起してしまった以上、徳川軍と織田の援軍も命を使い戦わなくてはなりません。


徳川軍はせめて勝機がありそうと、祝田の坂を下る武田軍に背後から攻め込もうとします。


全て罠


しかし、百戦錬磨の武田信玄が徳川の若造にわずかな勝機も与えるはずがありません。


信玄は初めから野戦におびき出すところまでを計算し、徳川を挑発するような進路を取ったのでした。


徳川軍完敗


信玄や信長がいなくなった世では「野戦最強」とも謳われた家康ですが、この時点では武田信玄相手にまともに戦うこともできません。


完全なる兵力差に徳川軍は崩壊し、多大な被害を出しながら命からがら城に逃げ帰るのがやっとでした。


死傷者 (武田軍200, 徳川軍2000+有力武将)


家康の無謀な戦いのせいで、徳川軍は10倍以上の死傷者を出しただけでなく、織田軍の武将も含めて有力な人材を失います。


余談ですが、敗走の中で家康の身代わりとなり討ち死にした夏目吉信は文豪夏目漱石の先祖でした。


絶体絶命の織田軍だったが


この三方ヶ原の戦いで同盟の徳川軍が惨敗したことは、織田軍にとっても致命的でした。

仮に信玄が信長包囲網に加わっていた場合、果たして歴史は根本から変わっていたかもしれません。


1年後に武田信玄死す


織田信長と言えど実は「九死に一生」の連続であったことは分かってきたと思います。


しかし、信長の恐ろしいほどの強運なのか、徳川軍を破り三河に侵攻した武田軍でしたが、1か月後に信玄の病気が悪化し進軍を止めることになります。


信玄、そして武田家の滅亡


そのわずか1年後に武田信玄は病死します。


武田信玄の死は戦国の一つの時代の終わりであり、織田信長という最大の時代も残り10年を迎えることになります。




◇◆関連歴史書(再掲)◆◇


数多の歴史本を読んできましたが、歴史小説のベスト3に入る代物です。

書評も書いていますのでよければ参考にしてみて下さい。


【歴史小説】 光秀の定理 [垣根涼介氏]



『光秀の定理』


垣根涼介氏





※詳細は画像より




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著者:ひさなお
 
 TOEIC満点、作家、投資家、IT企業グローバル人事、馬券師。
 慶應義塾大学→UCLA→大手IT企業。

  第3回マイナビ作品コンテスト最優秀賞受賞。 

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2017年2月26日日曜日

織田信長 (9) - (38歳) 比叡山焼き討ちの「正義」 -

神も仏も恐れぬとは真実か


織田信長と言えば神も仏も恐れぬと言われたり、非情な魔王と呼ばれたりしますが、ここまで読んできた方は気付いてきたかと思います。


戦国時代においては名も無き大名から農民まで、どれほど命が軽く扱われてきたかを。


信長だけが狂っていたという結論は全く的を得ていません。


腐敗し切った「最低の」僧


信長の「異常さ」として示されることもある比叡山の焼き討ち。

しかし、歴史好きにはもはや常識ですが、この時代の僧の没落は目に余るものがあり、信長の行為は極めて「正しい」と筆者は考えます。


この時代の僧は、たとえ新興の一向宗であっても、仏道という名の正義を振りかざし何千や何万という信者を操り殺生を「楽しむ」輩でした。

経もあげず学問もしない。信者を使って殺生を楽しみつつ、女遊びと肉と酒にひたすらふける。


力を持った最低の連中だと断言できます。


武家の支配を一切受けないことをいいことに


修行の場でひたすら女をむさぼる上に、全国の一揆を先導する僧たち。


一つ前の記事で書いた「宇佐山の戦い」でも、たった500人で40000人相手に獅子奮迅の戦いを見せた森可成が、信長に放った使者たちをことごとく要所で討ったのも比叡山の僧兵たちです。


それに飽き足らず、自分たちは何をしようが誰も手出しできまい、と比叡山の僧たちは浅井・朝倉勢をかくまいます。


自ら戦にやってきた当然の報い


自分たちには手出しできまい、と信長の浅井・朝倉の受け渡しを拒み続けます。


信長は浅井や朝倉だけでなく包囲網と日々命のやり取りを続ける戦国武将です。事実、大事な家臣を多勢に無勢で皆殺しにされたわけです。


己を殺そうとする軍団を排除する。信長の比叡山に対する「戦い」は至極当然だと思います。


現代では想像できないほどの「聖域」


科学技術が著しく進化した現代ですら「別物」に扱われ得る宗教。

この時代の仏門は「絶対」であり、この戦いは信長を更に理解できぬものにしたのでしょう。


この時点で最も勢いのあった家臣の明智光秀が反対したり、真相は怪しいですが後の秀吉ですら山に火をつけながらこっそり僧を逃がしたという話があったりと、比叡山はそれほどの「聖域」でした。


包囲網との戦いもいよいよ最終段階


しかし、信長とは天下統一へと突き進む武将であり、織田軍を滅ぼされるわけにはいきません。


400年以上経った今、この時代の僧に対し信長は「異常」でしたでしょうか。


真の評価は歴史が決める。

この言葉を感じ取れる一幕ではないかと筆者は考えます。



◇◆関連歴史書◆◇


数多の歴史本を読んできましたが、歴史小説のベスト3に入る代物です。

書評も書いていますのでよければ参考にしてみて下さい。


【歴史小説】 光秀の定理 [垣根涼介氏]



『光秀の定理』


垣根涼介氏




※詳細は画像より





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著者:ひさなお
 
 TOEIC満点、作家、投資家、IT企業グローバル人事、馬券師。
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2017年1月29日日曜日

織田信長 (8) - (37歳) 猛将「森可成」散る…… -

信長最大の敵「石山本願寺」


信長編に戻ります。

前回の「姉川の戦い」でどうにか浅井・朝倉に勝った信長軍でしたが、包囲網は弱まるどころか増大していきます。

信長はこれからなんと10年もの間、石山本願寺を中心とした一向宗と戦うことになります。


織田軍 vs三好三人衆


1570年、将軍殺しでも有名な三好三人衆と織田軍の戦いが始まります。

野田・福島の戦いにて圧倒的な兵力差で三好三人衆を追い詰めていく織田軍でしたが……



中立の立場だった石山本願寺が挙兵


しかし、中立の立場だった石山本願寺が突如信長に刃を向けます。

戦闘のプロでないとはいえ膨大な数の門徒を抱える本願寺は、信長の生涯で最も長きに渡り戦う最大勢力となります。


同時に浅井・朝倉も進軍


当初三好三人衆を討伐するだけの戦だと思っていた信長軍ですが、なんと本願寺と浅井・朝倉という二大勢力による完全包囲の罠でした。

将軍足利義昭の求めに応じ、日本中が「信長討つべし」と織田軍を狙います。


このままでは浅井・朝倉によって信長軍の退路は完全に断たれようとしていました。


最後の砦「宇佐山城」


信長絶体絶命の状況で、唯一かつ最後のおさえとなった拠点がありました。

森可成が守る宇佐山城です。


そうです。「本能寺の変」で最後の最後まで信長の隣で戦った小姓、森蘭丸の父親です。


1500 vs 30000


浅井・朝倉の兵力は30000。ここで全てを終わらせるべく最大限の勢力を投入した敵に対し、森可成率いる兵力はわずか1500。


しかし可成はここで素通りを許せば信長の天命も尽きると、わずかでも時間を稼ぐべくたった500の兵を率いて討って出ます。


500 vs 40000


なんと森可成はたった500の寡兵でも30000の大軍を食い止めます。

後述しますが森家は息子たちの方が有名になるものの、父親もこの戦で歴史に残る猛将となります。


しかし……。


ただでさえ一矢報いるので精一杯の勢力差に加え、さらに敵軍に10000の援軍が到着します。


比叡山延暦寺の僧兵も参戦


あの信長を討てるとなれば、どこからともなく敵の敵が味方となり包囲網は厚くなります。


まさに一騎当千、獅子奮迅の抵抗を続けた森可成軍ですが、ついに力尽きて討ち死をします。


500の兵、全員が討ち死という壮絶な戦いでした。


全員短命だが強者揃いの森家


実は、信長配下で信長より先に討ち死する有名な武将はあまりいません。
 
その中でも森可成が有名ですが、森家で最も有名な蘭丸は実は三男であり、長男はすでに戦死、四男、五男は蘭丸と共に本能寺で討ち死にをします。


また、次男でこの後大暴れをする(大問題児)森長可も、信長の死後秀吉と家康が戦った「小牧長久手の戦い」で戦死します。


親子総出で信長時代を生き切った、歴史に欠かせない一家だったと言えるでしょう。


※書きながら思い出しましたが、学生時代に筆者の先祖を調べたところこの森家に仕えていたそうです。祖父がそんな話もしていましたし、わずかながらに特別な思いが残る戦いです。



◇◆関連歴史書◆◇


ついにきちんとご紹介ができますが、最も好きな歴史小説の1つであり、2014年本屋大賞を受賞した名作です。


『村上海賊の娘』


和田竜氏




※詳細は画像より


まさに信長 vs 石山本願寺を描いた作品です。

別記事でもしっかりご紹介しますが、全4巻一気読み間違いなしです。




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著者:ひさなお
 
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森可成


2017年1月9日月曜日

<歴史マニアの半歩深読み> 新大河『おんな城主直虎』の第一印象

期待が低かっただけに意外に(もしかしたらけっこう)面白い可能性


以前のコラム(『真田丸』の描き方と魅力 (2) )でも書きましたが、女性を主人公に女性の脚本家が書く本作は大河としてはあまり期待していなかったのですが、第一話を観た印象は良い意味で期待が裏切られるかもしれません。
 

時代選択は絶妙


描く時代については実はかなり恵まれています。

井伊家を描くということは、今川義元に支配されている状態から徳川家に仕え戦国時代の終焉までが網羅できます。


これはこのブログでもまさに書いてきたように、今川義元をまさかで倒し信長が名乗りを上げるところから、秀吉が天下を統一し家康が戦国の世を終わらせるところまで全てを含んでおります。


武将選択は渋いけれど


歴史に「ネタバレ」があるのかは謎ですが、展開を楽しみにしている方のために多くは書きません。


井伊家を選んだのは渋いです。黒田官兵衛を選んだ3年前と似ている気がします。


「おんな城主」として何を描きたいのか


問題は、なぜ直虎なのか。

冒頭で女性脚本家を危惧していましたが、今まで何度も何度も観てきたのが「恋愛もの」になる恐れです。
 
※良い悪いではなく好きか嫌いかの話です。ただ、史実とてんで異なる(というかどうでもよい)恋愛のごたごたを「戦国」と呼びたくないだけです。


初回は大河ドラマらしく好感


初回のシビアな現実を含めた戦国時代の描き方、テンポの良さ、安定の俳優陣、バリエーションのある撮影場所を観る限りは、王道の大河の臭いがして楽しみになりました。
 
ある意味「三谷ワールド」の真田丸とは異なる歴史観も期待です。


ただし、「三角関係」なんてフレーズが何度か出てきており…、「歴史もの」が好きな我々が大河を観るわけで、恋愛ものが好きな層はその後9時なり10時から民放を観ることだけは忘れないで欲しいと思います。


視聴者の反応に合わせ1年かけて様々な修正が入るのも大河ですが、どうぞ「1年続く楽しみ」に大成して下さいませ。




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著者:ひさなお
 
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2017年1月7日土曜日

<合戦の歩き方 (1)> 火縄銃は逃げてはダメ?

信長編は包囲網との戦いが過熱しておりますが、ここで戦国の華である「合戦」について学んでみます。


戦国時代は防御しない


映画やドラマで観る合戦シーンも、研究が進むにつれてひと昔前より再現性が高まってきたようです。


例えば、戦国時代はどうも防御をしなかったそうです。「種子島」と呼ばれた火縄銃もひたすら撃ち合って攻撃します。


本気で「勇者には弾など当たらない」と信じられていた記述が多々あります。



最強軍が先陣


いくつもの家が分かれて行われる合戦では、最も強い軍同士が先陣として戦いました。

一番最初に戦うなんて被害が…と今なら思いますが、戦国時代では先陣に選ばれることは名誉でした。


実際相手の首を取っても、はたまたこちらの首が取られて討ち死にしても「武功」となったため、先陣は最重要なだけでなく最も稼ぐこともできたのです。



槍は突かずに叩き落とし合う


槍と言えば先端の刃で斬ったり突いたりするイメージですが、実際は「叩く」が使い方だったようです。
 
長槍を持った足軽たちが横にずらりと並び、両軍で上から下へ叩き落とし合う。

一人や二人の使い手がいたところで戦況は変わらなかったでしょう。



刀は使わない?


武器と言えばやはり刀が代名詞ですが、実際は弓矢や鉄砲、槍が主体で、刀は相手を組み倒して首を切り落とす際に使うのがメインでした。



二刀流など存在しない?


ちなみにマニアックですが、「二刀流」として両手に刀を持って戦うことはほぼありえませんでした。

これは多数相手に背後を取られないため、つまり背水の陣の構えです。



合戦はエンタメ?


最後に、暇を持て余す当時の人たち、特に農民などは合戦が行われるとお弁当を持って家族で見物に行ったそうです。


この他にも驚きの知識や研究結果はありますので、時々コラムを挟んでいこうと思います。


合戦の結果だけを追うのではなく、当時の戦いや当事者たちに思いを馳せることでより深く新しく歴史が見えてくるのではないでしょうか。



◇◆関連歴史書◆◇


私自身もそうですが、初めから歴史が好きでたまらない!という人は意外に少ないと思います。

壮大さや生き方への感動、かっこよさや「え、まじで??」 という面白さなど、それぞれきっかけがあって歴史と出会います。


「教科書」のイメージがどうしても強い歴史ですが、「大人の歴史」は全く異なりエンタメであり物語です。

歴史において舞う武将たちと同じ年齢になって気付くことも多々あります。ぜひ何でもよいので一冊読んでみてはいかがでしょうか。


『NHKその時歴史が動いた(戦国武将の野望編)』


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2016年12月30日金曜日

織田信長 (7) - (37歳) 織田&徳川 vs 浅井&朝倉「姉川の戦い」 -

激戦「姉川の戦い」


朝倉と浅井に挟まれながらもどうにか撤退した信長は、岐阜で体制を整え直し2万を超える軍勢で再び攻め寄せます。
 
裏切りに失敗し怒り狂った信長を相手にする浅井軍ですが、1万を超える朝倉家の援軍と共に腹を括ります。(朝倉家当主は参戦せず)


徳川軍5千も到着


信長の同盟軍であり、先の金ヶ崎では同じく撤退に追い込まれた徳川軍も駆けつけます。

ここに信長・徳川連合と、浅井・朝倉連合が姉川を挟んで対峙します。

 
浅井軍の猛攻


後の歴史を知れば信長や家康のビッグネームが圧勝したのかと思いますが、実際は名門浅井・朝倉が決死の奮戦をします。


織田軍は浅井軍と、徳川軍は朝倉軍と正面から激突します。数でも負けていない朝倉が徳川軍に善戦し、奮起された浅井軍も織田軍を押し込みます。


池田恒興、羽柴秀吉、柴田勝家軍も抜かれる


浅井軍の猛攻は止まらず、織田軍の名だたる武将が次々に打ち破られます。

歴史に「もし」は無いものの、序盤は浅井軍の破竹の勢いで下手をすれば信長本陣すら危うかったほど攻め込まれます。


善戦するも徳川軍により朝倉軍敗走


当主は参戦していないものの予想以上に善戦を続ける朝倉軍。

このまま浅井と朝倉で押し込めば歴史が変わっていたかもしれませんが…、そうは徳川が許しません。
 
別動隊の榊原軍が側面を突いたことを転機に、徳川軍が一気に朝倉軍を押し返し、ついには敗走へと追い込みます。


信長の首まであと一歩に迫った猛将遠藤直経


朝倉軍の劣勢と共に徳川軍は織田側にも援軍を回し一気に情勢は傾きます。
 
信長相手に怒涛の快進撃を続けた浅井軍も、無念ながら撤退を余儀なくされます。


しかし、浅井家重臣の遠藤直経は文字通り一矢報いるため、自らの命を使い信長に斬りかかります。

戦死した家臣の首を使い、浅井家重臣として値打ちのある己の首と称して褒美をもらうふりをして本陣に向かいました。


まさに命を賭けた刺し違えを狙いましたが、信長本陣にいて遠藤の顔を知っていた竹中久作(半兵衛の弟)に気付かれ討ち取られます。


激戦を制するも四面楚歌はまだまだ続く


辛くも戦には勝ったものの、朝倉も浅井もまだまだ滅んではおりません。

さらに両家との戦いなど序章に過ぎず、日本中から狙われる信長包囲網が着々と作られていきます。



◇◆関連歴史書(再掲)◆◇


信長はじめの一歩としてお勧めしているのがドラマや映画にもなった下記漫画です。

ドラマ・映画版とは内容は全然異なり、史実のポイントを抑えつつ独特の柔らかさで描く良作だと思います。


進みが遅く半年に一冊しか出ませんが、ファンブックを買うほど応援している作品です。

すでに歴史好きでも「こう描いたか」と描き方を楽しめる世界観だと思います。


『信長協奏曲』


石井あゆみ氏




※詳細は画像より




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織田信長 (6) - (37歳) 九死に一生・金ヶ崎撤退戦 -

義弟浅井長政まさかの裏切り


1570年、織田信長は3万の軍勢を率いて越前の朝倉家を攻めます。

再三の上洛命令を無視した朝倉義景を圧倒的な軍勢で討伐するはずでしたが、ここでまさかの事態が発生します。


お市を正室に送った浅井長政が突如裏切り、遠征軍であった信長は一気に袋の鼠となります。


お市が危機を知らせた?


教科書に載っていたり、ドラマや小説では度々出てくるシーンが、浅井長政の裏切りを兄の信長に伝えるため、お市が両端を結んだ小豆袋を送り付けるというものです。

両端を結ぶ、つまり朝倉と浅井に囲まる事態を暗示しています。


このブログでは一貫して伝えてきたように、山本勘助の存在や秀吉の一夜城が「ほぼ作り話」であるのと同様、この逸話もあくまで後付けだとは思います。


大敗に変わりなし


実際は物見と呼ばれる見張りが周囲の状況を伝え、この戦でも多数の物見が浅井長政の裏切りを報告し、信長もようやく信じたそうです。
 
どちらにしろ、このまま戦っては大敗は明確。

信長は命がけの撤退を余儀なくされます。


殿は羽柴秀吉


一刻を争う緊急事態で、信長は周囲の兵だけを率いて一目散に山の中へと逃げます。

一方、信長や他の軍団を逃がすためには誰かが残って浅井家を食い止めねばなりません。


その絶望的な殿を担い注目度を高めたのが後の豊臣秀吉です。

実際にはこの時点では秀吉より格上の明智光秀も残ったそうですが、最後に勝った人間が歴史を作るわけですから、秀吉の武勇伝として残っています。


松永久秀の奮闘でどうにか逃げ切る


少数の兵だけを率いて逃げ続ける信長でしたが、浅井方の武将である朽木元綱の領地を通らねばなりません。


多勢に無勢、戦になれば殺されていたかもしれない状況でしたが、この時点で信長方の武将であった松永久秀の説得で朽木元綱は寝返り、信長はどうにか撤退を成功させます。


ちなみに松永久秀は将軍を暗殺したり大仏を焼いたり、何度も何度も寝返りを繰り返す暴れん坊でした。

後に信長に2回目の謀反を起こした際(1回目はなんと許される)、日本初の爆死という手段で自害します。


四面楚歌の序章に過ぎない


勢力だけを見れば圧倒的な信長が、まさかの義弟の裏切りで命からがらの撤退を強いられたのです。

激昂した信長にあっという間に浅井家は滅ぼされた……のかと思いきや、信長vs日本の戦いはまだ始まったばかりでした。



◇◆関連歴史書(再掲)◆◇


『忍びの国』


著者:和田竜氏



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『村上海賊の娘』で本屋大賞を獲った著者の中で、信長が出てくる別の作品です。


一癖も二癖もある伊賀忍者たちが初めて一致団結し、100倍の敵で押し寄せる織田軍団と戦う圧巻の作品


信長がメインでは出てきませんが、主要とはされていない戦を見事に描くセンスと筆力は歴史ファン必読です。




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著者:ひさなお
 
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  第3回マイナビ作品コンテスト最優秀賞受賞。 

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