2017年10月9日月曜日

織田信長 (11) - (40歳) 浅井・朝倉・室町幕府の滅亡 -

「信長包囲網」で窮地に立たされるが…


ここまで見てきた通り、名門朝倉や裏切りの浅井、最も信長を苦しめた石山本願寺、信長を最後まで憎み切った将軍足利義昭、そして信長前夜の覇者武田信玄までも、「信長討つべし」と日本中で信長包囲網が敷かれました。


武田信玄の死で形勢逆転


しかし、三方ヶ原で徳川軍と共に織田軍の有力武将も討ち死にはしたものの、武田軍は信玄の病死により引き返していきます。


まさに九死に一生。

この一生のために耐え続けた織田軍がこの機を逃すはずがありません。


室町幕府滅亡


先ず信長は、徹底的に信長を嫌い日本中の有力武将を「信長討つべし」のもと徴集させようとした足利義昭を追放します。


これにて室町幕府は滅亡します。


朝倉・浅井の滅亡


そしてついに、主力として織田軍を追い詰めてきた朝倉と浅井と対峙することができます。


囲まれながら逃げながらでは形勢不利でしたが、正面から対峙すれば天下の織田軍です。

先ずは朝倉義景を自害させて朝倉家を倒し、ついに浅井長政も小谷城の戦いで破り自害させます。

浅井長政、わずか28年の生涯に幕を閉じます。


この小谷城の戦いで活躍したのが羽柴秀吉でした。


お市と茶々が織田家に戻る


信長の妹で浅井長政の妻であったお市と、その娘たちは落ち延びて織田家に戻ることになります。


お市とその長女茶々。


秀吉に旦那を殺されたお市は、この後次の旦那も秀吉に敗れ、共に自害し生涯を終えます。

そして秀吉に父を殺された茶々は、なんと秀吉の妻になり、戦国時代を終わらせる張本人となっていきます。


織田信長も、豊臣秀吉すらも世を去った後の、まだ少し先のお話ですが……。




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著者:ひさなお
 
 TOEIC満点、作家、投資家、IT企業グローバル人事、馬券師。
 慶應義塾大学→UCLA→大手IT企業。

  第3回マイナビ作品コンテスト最優秀賞受賞。 

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浅井長政とお市


2017年8月20日日曜日

<歴史マニアの書評6選> 戦国 & 幕末 - 小説、歴史研究、漫画まで -

書評ブログ


この戦国ブログの姉妹ブログに、書評ブログがあります。


TOEIC満点小説家の本棚


ここでは私の本業のビジネスや洋書、投資や科学、ITや映画、ギャンブルから漫画まで書いておりますが、当然歴史本についても書き込んでおります。


本日はその中から、「間違いのない」名作について書評を並べさせていただきます。



戦国時代



【小説】 村上海賊の娘 [和田竜氏]



【小説】 光秀の定理 [垣根涼介氏] 



【歴史研究】 本能寺の変431年目の真実 [明智憲三郎氏]



幕末


【漫画】 ちるらん新撰組鎮魂歌 [橋本エイジ氏]



【漫画】  天翔の龍馬 [橋本エイジ氏]



【歴史研究】  明治維新という過ち [原田伊織氏]



無論、「名作」に素直に従えばこれ以外や以上の物も数多く挙げられますが、もし上記の中で知らない作品があれば、先ずは読んでいただけたら幸いです。


それでこそ、こうして歴史ブログを書く意味もあるのかなと思います。




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2017年3月26日日曜日

織田信長 (10) - (39歳) 武田信玄 vs 徳川家康 「三方ヶ原の戦」 -

武田信玄最後の戦いへ


信長編も佳境ですが、ここで信長編の前の主人公武田信玄と、後に戦国時代を終わらせる徳川家康に登場してもらいます。


信長包囲網に信玄参戦


浅井や朝倉といった「vs信長包囲網」を見てきましたが、ついに武田信玄までもが参戦に動きます。

元亀3年、51歳となった武田信玄は3万の大軍を率いて上洛を始めました。


武田軍 (51歳、兵力30000) vs徳川軍 (30歳、兵力10000)


上洛戦を開始した武田軍は徳川の城を攻め落としながら侵攻します。


あの信長でさえ貢物を送り続け同盟を維持しようとし続けた武田軍。

キャリアも戦力も桁違いの信玄は、徳川家康に対し「一切眼中になし」と浜松城を通り過ぎてしまいます。


負けるとわかっていても


戦えばどう考えても負けが明白な家康でしたが、「黙って通すのは恥」とまさかの強引に追い打ちをかけます。


信長から援軍3000は来たものの


戦の強さに加え倍以上の兵を持つ武田軍に対し、若気の至りの家康が奮起してしまった以上、徳川軍と織田の援軍も命を使い戦わなくてはなりません。


徳川軍はせめて勝機がありそうと、祝田の坂を下る武田軍に背後から攻め込もうとします。


全て罠


しかし、百戦錬磨の武田信玄が徳川の若造にわずかな勝機も与えるはずがありません。


信玄は初めから野戦におびき出すところまでを計算し、徳川を挑発するような進路を取ったのでした。


徳川軍完敗


信玄や信長がいなくなった世では「野戦最強」とも謳われた家康ですが、この時点では武田信玄相手にまともに戦うこともできません。


完全なる兵力差に徳川軍は崩壊し、多大な被害を出しながら命からがら城に逃げ帰るのがやっとでした。


死傷者 (武田軍200, 徳川軍2000+有力武将)


家康の無謀な戦いのせいで、徳川軍は10倍以上の死傷者を出しただけでなく、織田軍の武将も含めて有力な人材を失います。


余談ですが、敗走の中で家康の身代わりとなり討ち死にした夏目吉信は文豪夏目漱石の先祖でした。


絶体絶命の織田軍だったが


この三方ヶ原の戦いで同盟の徳川軍が惨敗したことは、織田軍にとっても致命的でした。

仮に信玄が信長包囲網に加わっていた場合、果たして歴史は根本から変わっていたかもしれません。


1年後に武田信玄死す


織田信長と言えど実は「九死に一生」の連続であったことは分かってきたと思います。


しかし、信長の恐ろしいほどの強運なのか、徳川軍を破り三河に侵攻した武田軍でしたが、1か月後に信玄の病気が悪化し進軍を止めることになります。


信玄、そして武田家の滅亡


そのわずか1年後に武田信玄は病死します。


武田信玄の死は戦国の一つの時代の終わりであり、織田信長という最大の時代も残り10年を迎えることになります。




◇◆関連歴史書(再掲)◆◇


数多の歴史本を読んできましたが、歴史小説のベスト3に入る代物です。

書評も書いていますのでよければ参考にしてみて下さい。


【歴史小説】 光秀の定理 [垣根涼介氏]



『光秀の定理』


垣根涼介氏





※詳細は画像より




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2017年2月26日日曜日

織田信長 (9) - (38歳) 比叡山焼き討ちの「正義」 -

神も仏も恐れぬとは真実か


織田信長と言えば神も仏も恐れぬと言われたり、非情な魔王と呼ばれたりしますが、ここまで読んできた方は気付いてきたかと思います。


戦国時代においては名も無き大名から農民まで、どれほど命が軽く扱われてきたかを。


信長だけが狂っていたという結論は全く的を得ていません。


腐敗し切った「最低の」僧


信長の「異常さ」として示されることもある比叡山の焼き討ち。

しかし、歴史好きにはもはや常識ですが、この時代の僧の没落は目に余るものがあり、信長の行為は極めて「正しい」と筆者は考えます。


この時代の僧は、たとえ新興の一向宗であっても、仏道という名の正義を振りかざし何千や何万という信者を操り殺生を「楽しむ」輩でした。

経もあげず学問もしない。信者を使って殺生を楽しみつつ、女遊びと肉と酒にひたすらふける。


力を持った最低の連中だと断言できます。


武家の支配を一切受けないことをいいことに


修行の場でひたすら女をむさぼる上に、全国の一揆を先導する僧たち。


一つ前の記事で書いた「宇佐山の戦い」でも、たった500人で40000人相手に獅子奮迅の戦いを見せた森可成が、信長に放った使者たちをことごとく要所で討ったのも比叡山の僧兵たちです。


それに飽き足らず、自分たちは何をしようが誰も手出しできまい、と比叡山の僧たちは浅井・朝倉勢をかくまいます。


自ら戦にやってきた当然の報い


自分たちには手出しできまい、と信長の浅井・朝倉の受け渡しを拒み続けます。


信長は浅井や朝倉だけでなく包囲網と日々命のやり取りを続ける戦国武将です。事実、大事な家臣を多勢に無勢で皆殺しにされたわけです。


己を殺そうとする軍団を排除する。信長の比叡山に対する「戦い」は至極当然だと思います。


現代では想像できないほどの「聖域」


科学技術が著しく進化した現代ですら「別物」に扱われ得る宗教。

この時代の仏門は「絶対」であり、この戦いは信長を更に理解できぬものにしたのでしょう。


この時点で最も勢いのあった家臣の明智光秀が反対したり、真相は怪しいですが後の秀吉ですら山に火をつけながらこっそり僧を逃がしたという話があったりと、比叡山はそれほどの「聖域」でした。


包囲網との戦いもいよいよ最終段階


しかし、信長とは天下統一へと突き進む武将であり、織田軍を滅ぼされるわけにはいきません。


400年以上経った今、この時代の僧に対し信長は「異常」でしたでしょうか。


真の評価は歴史が決める。

この言葉を感じ取れる一幕ではないかと筆者は考えます。



◇◆関連歴史書◆◇


数多の歴史本を読んできましたが、歴史小説のベスト3に入る代物です。

書評も書いていますのでよければ参考にしてみて下さい。


【歴史小説】 光秀の定理 [垣根涼介氏]



『光秀の定理』


垣根涼介氏




※詳細は画像より





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2017年1月29日日曜日

織田信長 (8) - (37歳) 猛将「森可成」散る…… -

信長最大の敵「石山本願寺」


信長編に戻ります。

前回の「姉川の戦い」でどうにか浅井・朝倉に勝った信長軍でしたが、包囲網は弱まるどころか増大していきます。

信長はこれからなんと10年もの間、石山本願寺を中心とした一向宗と戦うことになります。


織田軍 vs三好三人衆


1570年、将軍殺しでも有名な三好三人衆と織田軍の戦いが始まります。

野田・福島の戦いにて圧倒的な兵力差で三好三人衆を追い詰めていく織田軍でしたが……



中立の立場だった石山本願寺が挙兵


しかし、中立の立場だった石山本願寺が突如信長に刃を向けます。

戦闘のプロでないとはいえ膨大な数の門徒を抱える本願寺は、信長の生涯で最も長きに渡り戦う最大勢力となります。


同時に浅井・朝倉も進軍


当初三好三人衆を討伐するだけの戦だと思っていた信長軍ですが、なんと本願寺と浅井・朝倉という二大勢力による完全包囲の罠でした。

将軍足利義昭の求めに応じ、日本中が「信長討つべし」と織田軍を狙います。


このままでは浅井・朝倉によって信長軍の退路は完全に断たれようとしていました。


最後の砦「宇佐山城」


信長絶体絶命の状況で、唯一かつ最後のおさえとなった拠点がありました。

森可成が守る宇佐山城です。


そうです。「本能寺の変」で最後の最後まで信長の隣で戦った小姓、森蘭丸の父親です。


1500 vs 30000


浅井・朝倉の兵力は30000。ここで全てを終わらせるべく最大限の勢力を投入した敵に対し、森可成率いる兵力はわずか1500。


しかし可成はここで素通りを許せば信長の天命も尽きると、わずかでも時間を稼ぐべくたった500の兵を率いて討って出ます。


500 vs 40000


なんと森可成はたった500の寡兵でも30000の大軍を食い止めます。

後述しますが森家は息子たちの方が有名になるものの、父親もこの戦で歴史に残る猛将となります。


しかし……。


ただでさえ一矢報いるので精一杯の勢力差に加え、さらに敵軍に10000の援軍が到着します。


比叡山延暦寺の僧兵も参戦


あの信長を討てるとなれば、どこからともなく敵の敵が味方となり包囲網は厚くなります。


まさに一騎当千、獅子奮迅の抵抗を続けた森可成軍ですが、ついに力尽きて討ち死をします。


500の兵、全員が討ち死という壮絶な戦いでした。


全員短命だが強者揃いの森家


実は、信長配下で信長より先に討ち死する有名な武将はあまりいません。
 
その中でも森可成が有名ですが、森家で最も有名な蘭丸は実は三男であり、長男はすでに戦死、四男、五男は蘭丸と共に本能寺で討ち死にをします。


また、次男でこの後大暴れをする(大問題児)森長可も、信長の死後秀吉と家康が戦った「小牧長久手の戦い」で戦死します。


親子総出で信長時代を生き切った、歴史に欠かせない一家だったと言えるでしょう。


※書きながら思い出しましたが、学生時代に筆者の先祖を調べたところこの森家に仕えていたそうです。祖父がそんな話もしていましたし、わずかながらに特別な思いが残る戦いです。



◇◆関連歴史書◆◇


ついにきちんとご紹介ができますが、最も好きな歴史小説の1つであり、2014年本屋大賞を受賞した名作です。


『村上海賊の娘』


和田竜氏




※詳細は画像より


まさに信長 vs 石山本願寺を描いた作品です。

別記事でもしっかりご紹介しますが、全4巻一気読み間違いなしです。




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森可成


2017年1月9日月曜日

<歴史マニアの半歩深読み> 新大河『おんな城主直虎』の第一印象

期待が低かっただけに意外に(もしかしたらけっこう)面白い可能性


以前のコラム(『真田丸』の描き方と魅力 (2) )でも書きましたが、女性を主人公に女性の脚本家が書く本作は大河としてはあまり期待していなかったのですが、第一話を観た印象は良い意味で期待が裏切られるかもしれません。
 

時代選択は絶妙


描く時代については実はかなり恵まれています。

井伊家を描くということは、今川義元に支配されている状態から徳川家に仕え戦国時代の終焉までが網羅できます。


これはこのブログでもまさに書いてきたように、今川義元をまさかで倒し信長が名乗りを上げるところから、秀吉が天下を統一し家康が戦国の世を終わらせるところまで全てを含んでおります。


武将選択は渋いけれど


歴史に「ネタバレ」があるのかは謎ですが、展開を楽しみにしている方のために多くは書きません。


井伊家を選んだのは渋いです。黒田官兵衛を選んだ3年前と似ている気がします。


「おんな城主」として何を描きたいのか


問題は、なぜ直虎なのか。

冒頭で女性脚本家を危惧していましたが、今まで何度も何度も観てきたのが「恋愛もの」になる恐れです。
 
※良い悪いではなく好きか嫌いかの話です。ただ、史実とてんで異なる(というかどうでもよい)恋愛のごたごたを「戦国」と呼びたくないだけです。


初回は大河ドラマらしく好感


初回のシビアな現実を含めた戦国時代の描き方、テンポの良さ、安定の俳優陣、バリエーションのある撮影場所を観る限りは、王道の大河の臭いがして楽しみになりました。
 
ある意味「三谷ワールド」の真田丸とは異なる歴史観も期待です。


ただし、「三角関係」なんてフレーズが何度か出てきており…、「歴史もの」が好きな我々が大河を観るわけで、恋愛ものが好きな層はその後9時なり10時から民放を観ることだけは忘れないで欲しいと思います。


視聴者の反応に合わせ1年かけて様々な修正が入るのも大河ですが、どうぞ「1年続く楽しみ」に大成して下さいませ。




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著者:ひさなお
 
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2017年1月7日土曜日

<合戦の歩き方 (1)> 火縄銃は逃げてはダメ?

信長編は包囲網との戦いが過熱しておりますが、ここで戦国の華である「合戦」について学んでみます。


戦国時代は防御しない


映画やドラマで観る合戦シーンも、研究が進むにつれてひと昔前より再現性が高まってきたようです。


例えば、戦国時代はどうも防御をしなかったそうです。「種子島」と呼ばれた火縄銃もひたすら撃ち合って攻撃します。


本気で「勇者には弾など当たらない」と信じられていた記述が多々あります。



最強軍が先陣


いくつもの家が分かれて行われる合戦では、最も強い軍同士が先陣として戦いました。

一番最初に戦うなんて被害が…と今なら思いますが、戦国時代では先陣に選ばれることは名誉でした。


実際相手の首を取っても、はたまたこちらの首が取られて討ち死にしても「武功」となったため、先陣は最重要なだけでなく最も稼ぐこともできたのです。



槍は突かずに叩き落とし合う


槍と言えば先端の刃で斬ったり突いたりするイメージですが、実際は「叩く」が使い方だったようです。
 
長槍を持った足軽たちが横にずらりと並び、両軍で上から下へ叩き落とし合う。

一人や二人の使い手がいたところで戦況は変わらなかったでしょう。



刀は使わない?


武器と言えばやはり刀が代名詞ですが、実際は弓矢や鉄砲、槍が主体で、刀は相手を組み倒して首を切り落とす際に使うのがメインでした。



二刀流など存在しない?


ちなみにマニアックですが、「二刀流」として両手に刀を持って戦うことはほぼありえませんでした。

これは多数相手に背後を取られないため、つまり背水の陣の構えです。



合戦はエンタメ?


最後に、暇を持て余す当時の人たち、特に農民などは合戦が行われるとお弁当を持って家族で見物に行ったそうです。


この他にも驚きの知識や研究結果はありますので、時々コラムを挟んでいこうと思います。


合戦の結果だけを追うのではなく、当時の戦いや当事者たちに思いを馳せることでより深く新しく歴史が見えてくるのではないでしょうか。



◇◆関連歴史書◆◇


私自身もそうですが、初めから歴史が好きでたまらない!という人は意外に少ないと思います。

壮大さや生き方への感動、かっこよさや「え、まじで??」 という面白さなど、それぞれきっかけがあって歴史と出会います。


「教科書」のイメージがどうしても強い歴史ですが、「大人の歴史」は全く異なりエンタメであり物語です。

歴史において舞う武将たちと同じ年齢になって気付くことも多々あります。ぜひ何でもよいので一冊読んでみてはいかがでしょうか。


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